公益財団法人 明治安田厚生事業団

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インタビュー

この人が語る健康

「この人が語る健康」は健康づくりに携わる方に、
取り組みを始めた経緯や、そこに込める思い、
関わり方、これからのことなどについて伺い、
「健康とは何か、そのために何ができるか」を
探ります。

vol.08
2024年8月5日
同志社大学大学院
教授井澤 鉄也
研究テーマ
  • 運動トレーニング(運動療法)が白色脂肪組織に与える影響のメカニズム解明
健康のためにしていること
  • スマートウォッチで歩数と消費カロリーをモニターし、日頃の食生活を管理
  • 阪神タイガースの応援(勝利はもちろん、敗戦しても一筋の希望が見出せるようなゲームをしてくれることが心の平穏をもたらしてくれます)
  • ドライブでストレス発散

同志社大学大学院 スポーツ健康科学研究科 教授 井澤鉄也先生のご専門はスポーツ生化学で、精力的に研究活動を展開すると同時に、さまざまな要職を経て大学運営にも携わられてきました。また2010年から明治安田厚生事業団「若手研究者のための健康科学研究助成」の選考委員、2022年からは選考委員長をお務めいただいています。先生の研究活動や、これまでのキャリアについてお話を伺います。

先生はいつ頃から研究者になることを意識されていたのでしょうか。
井澤

幼いころから生物に興味があり、小学校では理科クラブに所属していました。

日本人男性の5%に色覚異常があるとされますが、私はその5%に入っており、将来就く職業については割と早い段階から考えていました。高校入学早々、大学進学に向けていろいろと調べましたが、当時はまだ色覚異常者に対する受験制限が残っていたために理系学部への進学は難しく、理科クラブで感じた実験の面白さの追究ははかない夢と散りました。高校2年時の担任の影響を強く受け、高校の体育教師になろうと決意し大学へ進学しました。このときは、自分が研究者を目指すとは露程も思っていませんでした。

教師ではなく研究者になることを決意されたターニングポイントはどこにあったのでしょうか?
井澤

大学卒業後は故郷の兵庫県へ戻り教員になる道もあったのですが、もう少し勉強してからにしようと思い、大学院へ進学しました。博士後期課程にいた先輩の研究を一緒にやらせてもらって、アスリートの心肥大をテーマに修士論文を執筆しました。心臓超音波検査や血液検査は医師免許をお持ちの先生方にお願いしていたので、自分の手で直接データ収集しなかったためか、当時は実験や研究に対する主体性をあまり感じられていなかったように思います。

その後は運よく、東京薬科大学保健体育教室に一般体育の教員として就職しました。研究を続ける意欲はありつつも、修士時代から感じていた「研究における主体性」に悶々とする気持ちを拭えずにいたある日、薬理学研究室に在籍していた駒林隆夫先生(大学の先輩)から呼び出されました。呼び出しを受けるような悪いことをした覚えはなかったのですが(笑)、先生を訪ねると、研究に対する私の悩みを聞いてくださり、「面白い研究があるから、一緒にやらないか」と誘ってくれました。これをきっかけに理科クラブの夢が蘇生し、バイオロジーの実験や研究の面白さが加速されることになりました。

先輩の導きで、本格的に研究者への道に足を踏み入れたのですね。薬理学研究室ではどのような研究をされていたのでしょうか?
井澤

駒林先生に与えられたメインテーマは「脂肪組織の脂肪分解反応機構の解明」で、動物モデルを用いて脂肪組織や外分泌腺組織(唾液腺)、心臓、血管の細胞内シグナルを標的とした基礎的な薬理学・生化学的研究を行い、それをベースとして運動の影響を追究してきました。このときに私の研究テーマが決まり、今日に至ります。

先生の研究のキーワードとして「脂肪組織」と「運動トレーニング」が真っ先に思い浮かびますが、どのようなことを研究されているのでしょうか?
井澤

肥満をベースとした生活習慣病の人を見ると、脂肪組織そのものが慢性炎症を起こしています。

この現象を考えると、脂肪組織の量と質を変える必要があるのでは?ということになります。脂肪組織には褐色脂肪組織と白色脂肪組織があるのですが、私は白色脂肪組織をメインに研究しています。昔は、白色脂肪組織はエネルギーを蓄積して必要なときに放出する機能を持っていると言われていましたが、研究が進んで、さまざまな生理活性物質を放出していることが分かってきました。当然、放出される物質には良いものも悪いものもあるのですが、運動することで脂肪組織の量と質がどのように変化するのか、ということを細胞レベルで見ているのが私の研究です。一言でいえば「健康な脂肪組織の構築」が研究テーマでしょうか。

A)白色脂肪組織、B)褐色脂肪組織、C)前駆脂肪細胞から成熟白色脂肪細胞に分化、D)前駆脂肪細胞からミトコンドリアが豊富に分化した脂肪細胞
井澤先生の研究室で実施されている実験のデータで、AとBは大澤晴太さん(博士後期課程3年)、CとDは加藤久詞さんが後期課程在学中に行った実験結果
加藤さんはこのデータをもとに学位論文を執筆し、同志社大学大学院スポーツ健康科学研究科博士第1号を取得した
「健康な脂肪組織」とはどんな状態を指すのでしょうか?加齢が進むと、特に女性で脂質代謝異常に悩む方が増える印象ですが、運動トレーニングは脂肪組織の状態を良くするのでしょうか。
井澤

脂質代謝異常にはいくつか要因がありますが、そのひとつが、脂肪組織以外に溜まる異所性脂肪です。

これは肝臓や心臓といった、本来であれば脂肪を蓄える必要がない臓器に付いてしまう脂肪ですが、これに関連して最近言われているのが「脂肪組織の拡張性」です。脂肪細胞の大きさや容量には限界があって、このキャパシティを超えてしまうと蓄えきれなかったエネルギーを他の場所にもっていこうとするため、本来脂肪を蓄積しない臓器に異所性脂肪として脂質が蓄積され、インスリン抵抗性、アポトーシス、炎症、脂肪由来ホルモンの分泌異常、酸化ストレスなどの障害が起こります。その結果として、血中の中性脂肪値にも異常が生じる脂質代謝異常が起こるとされています。

となると、例えば小さな脂肪細胞をたくさん増やせばより多くのエネルギーを溜められるのではないか、という考えに至ります。運動は脂肪細胞を小さくしてくれますし、代謝も活発になるうえ、余剰エネルギーも筋肉で消費されるので、他所に貯める必要がなくなるわけです。ただ実は、運動すると脂肪細胞数の増殖が抑えられるという現象も明らかになりつつあり、脂肪組織拡張性の理論に限って言及すると、運動は脂肪組織に負の側面を持っている可能性もはらんでいるかもしれません。

とはいえ、実際の現象として、運動が全身にポジティブな効果をもたらすことは明らかですので、脂肪組織のなかで何が起こっているのか、そして脂肪組織の反応が身体全体のなかでどのような変化を引き起こすのか、更なるメカニズムの解明が待たれます。代謝異常を誘発しない「健康な脂肪組織」の形成にとって、脂肪組織の質や量のコントロールはきわめて重要です。また臓器間クロストークも明快にしなければなりませんね。定年まであと少しですが、なんとかそのヒントだけでも残すことができれば良いな、と考えています。

研究室での一枚
研究所にも「運動と脳」をテーマにしている研究員がいますので、細胞レベルの現象が全身の機能にどんな影響を及ぼすか、今後解明が進んでいくことに大きな期待を寄せています。これまでもさまざまな切り口で研究を進められてきたことと思いますが、井澤先生が研究を続けるなかで、大切にしていること、肝に銘じていることは何でしょうか?
井澤

恩師である駒林先生の教えが「基礎研究あってこその応用研究」でした。

新しい理論や仮説を探るために基礎研究をやるわけですが、その成果を応用して個別の問題に対する解決策を明らかにする応用研究が行われます。逆に、個別の現象があるからこそ、それを解明するために基礎研究を行う、とも考えています。

かつて、肥満とうつの関連をテーマに研究費を獲得しようと思ったのですが、当時は疫学データがないために、一定数の人にその現象が起きていることをはっきり示すのが難しく、断念したことがありました。こういった経験からも見て取れるように、自分は体の中で起こっている可能性を持つ候補を提案するミクロの世界を見る研究、すなわちin vitro実験と呼ばれる研究に取り組んでいますが、その現象がin vivoでの実験、すなわち身体全体にどういう影響を及ぼすか、さらに社会全体、ポピュレーションレベルで反映されているのか、双方向で見る必要があると思っています。領域は違えども、お互いに研究成果を共有することが肝要なのでしょう。この視点は、選考委員を務めている明治安田厚生事業団研究助成の審査のなかでも大切にしています。

かつては当事業団の研究助成も受贈されていますね。第4回、第8回と2度に渡り受贈を受けられていますが、当時のエピソードがあれば教えてください。
井澤

私が助成金をいただいた頃は、民間の助成金は今ほど選択肢が多くないうえに、科研費奨励研究とほぼ同額でした。むしろ科研費奨励研究は、獲得してもカットされていたので、本助成金の方がたくさんいただけました。特に初めて受贈を受けた研究の実験には相当の資金が必要であることが予めわかっていましたので、知らせを受けたとき、それはもう嬉しかったことをはっきり覚えています。本助成金のおかげで論文発表につながり、研究が大いに進展したことは言うまでもありません。

第4回研究助成贈呈式より
(左)集合写真(前から二列目、一番右が井澤先生) (右)助成金目録贈呈の様子
  

余談ですが、第4回贈呈式で初めて大野秀樹先生にお会いしたことを覚えています。贈呈式では受贈者代表としてお話されていましたが、熊本大学の先生方が水俣病の原因としてメチル水銀説を主張するとともに、胎盤から胎児への影響を検証するために、当時各家庭にあった「へその緒」の分析で証明して大きなジャーナルに論文が掲載されたことを例に挙げて、研究はやはりアイデアである、と話していらっしゃったのが印象に残っています。大野先生とは、論文を通しては旧知の仲でしたが、ようやく直接お会いすることができて、贈呈式後に連れだって飲みに行きました。これを契機に先生との共同研究が始まったことを思い出します。そういう意味でも、私の研究が進展する機会になりました。

そんなエピソードもあったのですね。2010年からは選考委員、2022年からは選考委員長にご就任いただきましたが、応募の傾向など、変化を感じられるところはありますか。
井澤

毎年、基礎的な研究から応用・実践的な研究まで、多彩なテーマが寄せられてきています。近年の特徴として、まず初めに、基礎研究、とりわけ動物を対象とする研究は相当に掘り下げられた実験が多くなってきたことが挙げられます。これは最近の生物学の進歩を考えると当然のことでしょう。人を対象とする実験研究においても、生体内情報を非侵襲的に捉えられるさまざまなツールの進歩に歩調を合わせた研究が増え、疫学や社会医学の研究においては、ますます論理と数理モデルが洗練されてくるように思います。幅広い領域の審査を通じて、サイエンスの深化と流行を実感しています。

応募者へのメッセージをお願いします。
井澤

本助成金の申請にあたっては、研究内容のアピールを極めて限られた紙幅にまとめないといけません。応募者の皆さんは大変に苦労されていることかと思いますが、やはり上位に位置する申請書類はコンパクトであるが密な内容に仕上がっています。

まさに4コマ漫画のような、起承転結が凝縮されています。言わずもがな、研究費の獲得がゴールではありませんので、誌上発表につなげて知の共有財産にすることをお願いしたいところです。また審査にあたっては、研究の新規性と、実現可能性を見るようにしています。研究から得られた知見をもって社会に貢献することが研究者の使命ですから。

第39回研究助成贈呈式にて
総評を述べる井澤審査委員長
当研究助成が若い研究者のステップアップに繋がれば、私たちにとってもこの上なく喜ばしいことです。研究者としてキャリアを積んでいくために必要な心構えは何だとお考えですか?
井澤

サイエンスの世界にも流行があります。流行に敏感であることは大切ですが、やはりひとつの、できれば決して小さくはないテーマを一筋に追い求める、ライフワークとしての研究を続けて欲しいですね。

結局、そういった研究者が発見した事象が科学の流行を生み出し、時の試練を経て大きな成果として認められ学術賞を受賞しているのですから。本研究助成がその過程のワンピースになって、流行を生み出す側になることを大いに期待したいですね。

年齢を重ねてキャリアアップすると、研究だけに専念することは難しくなりますね。井澤先生は一貫して大学に所属し、後進の指導や学校運営に携わってこられたと思いますが、これから経験を積んでいく研究者へ、多様な仕事の両立についてのアドバイスがあればお聞かせください。
井澤

一般に、大学教員がすべき責務は教育・研究、学内行政、社会貢献とされています。いずれも学問の発展に貢献するための責務ですが、その時々に置かれている環境に依存して、4つのバランス、それぞれのエフォートに対する比重は変わってくると思います。おそらく多くの方は強い研究志向をお持ちだと思いますが、現実は、程度の差はあるといえマルチタスクを求められるのではないかと思います。教育と研究の両立は、論文と同じように、読者(学生や聞き手)にうまく伝わるような展開(話し方やプレゼン、資料)を考えることで、教育と研究の両方に相乗効果が生まれていたように思います。とはいえ、研究と教育のジレンマは常に抱えることになるでしょう。また、社会貢献も求められますが、その取り組み方はさまざまかと思います。ご自身が基礎研究か応用研究、あるいは実践研究かによって社会貢献の形は変わり、発信の仕方や関わり方も多様になるかと思います。こうした研究と教育のジレンマ、社会貢献については、ぜひ酒井邦嘉先生の「科学者という仕事―独創性はどのように生まれるか(中公新書)」を一読して欲しいなと思います。

一方、学内行政は一筋縄ではいきません。勤務する大学によって方向性や仕事量の負荷は違いますが、少なくとも私には研究や教育から疎遠になる骨の折れる仕事でした。現在所属している同志社大学では学部新設時から教務主任、学部長を経て学部運営に時間を費やし、その後も環境保全・実験実習センター所長、副学長として学内行政に携わってきました。その間、幸いなことに大学院生が主体となって研究室のテーマに関する実験を進めてくれました。私自身は文献検索を怠らず「流行」に取り残されないように心がけ、研究のストラテジーを大学院生に指導してきましたが、学部・学内運営に比重をかけざるを得ない業務が多かったためメンバーには苦労をかけたに違いありません。

研究室の皆さんから、還暦祝いのサプライズ
大ファンである阪神タイガースのユニフォームをプレゼントされた
  

ある一定の年齢になると学内行政にも貢献しなくてはならないときが来るでしょう。ですから、若いうちに思い切り研究してください。もちろん学内行政に携わるか否かの選択はそのときに行えば良いのですが、学内行政から距離を置いた(お断りができた)場合、(代わりに)携わってくださる(研究時間をくれた)人達に感謝しましょう(笑)。

こうした大学人としての活動は、やはり家族の理解を得ないとなかなか難しいですね。幸いなことに、妻は薬学部出身なので研究への理解を示してくれた、いや諦観してくれましたが、家族の皆には感謝ですね。

最後に、先生にとって「健康」とは何か、お聞かせください。
井澤

前期高齢者の私にとっての健康は「普通がいちばん」です。

これは作家の藤沢周平さんが常々口にされていた言葉で、本来は「家族が仲良く健康で暮らせること」だそうです。「健康」とは何かと聞かれたときの回答としてふさわしくはないかもしれませんが、「心も体も特段の意識を必要とせず、なんのストレスもなく過ごせること」、と捉えていただければと思います。禅問答のようですが。この「健康」を維持するためには適切な運動が大いに貢献してくれるのでしょう。

もう少しで定年を迎えますが、健康を維持しながらもう少し研究を続けて、目指してきた「教科書に一行を」に少しでも近づくことができれば良いな、と思っています。最後に若いころに読んだ「科学の喜び 成功するサイエンティスト」の一節を今の自分に向けて。「昔、自分が定めた科学者としてのゴールは今からでも達成できると信じる」です。

井澤先生からお勧めいただいた書籍
「科学の喜び 成功するサイエンティスト」は残念ながら絶版とのこと

インタビューを振り返って

周囲の影響を受けて進路や研究テーマが決まってきた、と謙遜されていた井澤先生。結果的には、小学校の理科クラブからずっと抱いていたサイエンスへの興味を追求してこられていて、夢を実現されている姿がとても素敵だと感じました。大学教員としての仕事も多く、忙しいなかでも研究者としてマクロの視点を忘れず、研究を続ける先生の背中を見ながら、多くを学び成長してきた教え子の方が沢山いらっしゃることでしょう。

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